開発の理由
1. 活動・参加レベルでの目標設定の難しさ
「何のためにリハビリテーションを行うのか」は目標設定の面接や対話は重要なステップです。ただし、クライエントの一般的なリハビリテーションに対するイメージは、機能回復を促す治療として認識されている場合が圧倒的に多いと思われます。従って、活動や参加レベルでの目標設定には十分な説明が必要です。しかし、目標設定の面接や対話には決まった手順がなく、リハビリテーション専門家の経験、価値観に任せて実施さてているのが現状です。
ADOCで使用されているイラスト
1 | セルフケア | 食事、排泄・整容、更衣、入浴、健康管理 |
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2 | 移動・運動 | 移乗、屋内の移動、屋外の移動、エスカレータでの移動、階段昇降・エレベーターでの移動、交通機関の利用、運転や操作、起き上がり・立ち上がり、物を持って運ぶこと、手と腕の使用 |
3 | 家庭生活 | 衣類の手入れ、子ども・孫の世話、高齢者や病人の介護、財産の管理、新聞・ニュースで情報を取り入れる、電話の利用、手紙・書類を書く、美容 |
4 | 仕事・学習 | 仕事(有給)、ボランティア(無給)、学習・研究(生涯学習)、学業(学校に通う) |
5 | 対人交流 | 言語やジェスチャーでの会話、家族との交流、友人と交流、親密な交流、公的な交流 |
6 | 社会活動 | 宗教活動、政治活動・市民権、公的機関の利用、冠婚葬祭、社交的な会合・宴会に参加する、地域活動(PTAなど)への参加、地域行事への参加 |
7 | スポーツ | バドミントン、野球・キャッチボール、バスケ、ボーリング、サイクリング、ダンス、ゲートボール・グラウンドゴルフ、ゴルフ、ジョギング・マラソン、武道、サッカー、ソフトボール、水泳、卓球、テニス、野山を歩く、バレーボール、ウォーキング・散歩 |
8 | 趣味 | 園芸、手工芸、カラオケ、音楽・DVD鑑賞、絵画、ペットの世話、楽器演奏、詩・和歌・俳句、本・雑誌を読む、動物園・遊園地・水族館などに行く、スポーツ観戦、お菓子づくり、テーブルゲーム、旅行、テレビゲーム、テレビ・ラジオの利用、パソコンの使用、芸術鑑賞、書道・華道・茶道、舞踊 |
項目はICF(国際生活機能分類)の活動と参加の項目に準じて決定しました。従ってADOCにて決定した目標は、自動的に活動と参加レベルになります。「釣り」という活動ができるようになるために上肢機能の向上を目指すということはあっても、単に上肢機能の向上や立位保持などの機能レベルの目標設定にはなりません。
2. マニュアルや理論を理解する難しさ
これまで、海外で開発されたCanadian Occupational Performance Measure(COPM; Law et al. 1990、吉川、2007)や、Occupational Self-Assessment (OSA; Kielhofner et al. 2001)などの半分面接の方法が決まっていますが、半分は決まってない面接方法(半構成的面接)を用いることで目標設定はかなりわかりやすい手順で実施できるようになりました。しかし、これらの面接方法でも、背景にある理論の理解や、ある程度の会話技術を必要です。また東洋の文化圏ではクライエントがはっきりと意思表示をしないことがあることや、日本のリハビリテーションが医療を基本としていることなどからも、クライエントが目標設定に参加しやすいような工夫が必要です。
目標設定のコミュニケーションを促進
ADOCでは、イラストを選びながら話し合うことで、クライエントは自分の意見や気持ちをリハビリテーション専門家に伝えやすくなります。これまで対話が困難であった失語症や認知症の方などからも意見を引き出すことができ、また、経験年数の浅い作業療法士や作業療法学生でも、iPadの直感的な操作によって目標設定を進めていくことができます。
3. 目標を共有する難しさ
またいくらリハビリテーション専門家が説明したと思っていても,クライエントとリハビリテーション専門家の間には,目標設定にはズレがあることが指摘されています。一つの例としてMaitra(2006)らがクライエントと担当作業療法士のそれぞれにアンケートを採った結果がこちらです。
作業療法士の100%はクライエントに十分な説明を行い、90%は意思決定にクライエントと一緒に行なったと回答したのに対して、クライエントの23%は自分の作業療法目標が全く分からないと回答し、46% は意思決定に全く関わっていないと回答したと指摘しています。リハビリテーション専門家は、いくら自分がちゃんと目標設定できたと思っていてもこのように認識のズレが生じてしまう状況にあることを十分に理解した上で目標設定を行う必要があります。
目標や支援プランをPDFで共有
ADOCでは,イラストと文章による支援プランをPDFで作成することができます.決定した目標をiPadで作成し,クライエントやその家族、リハビリテーション専門家との間で,容易に目標や支援プランを共有することができます。
4. ADOCプロジェクトのミッション
- 一人でも多くの患者が「これができるようになりたい」と自らの希望を言える環境作りを支援する。
- 一人でも多くの作業療法士が自信を持ち、楽しみながら仕事ができる環境作りを支援する。
5. ADOCがどのように作られたか
まず、神奈川県立保健福祉大学の友利幸之介講師を中心とした作業療法士5名がADOCの手順や項目を考案し、Mac版が開発されました。その後、Apple社がiPadを発表したことから、株式会社レキサスにiPadへの移植を依頼。iPad版ADOCのβ版を開発後、全国の約40名の作業療法士によって、約100名の患者に実際にADOCを用いた面接を実施しました。適宜フィードバックを受けながら機能を修正・追加。併せて、学会、ブログ、ツイッターなどで紹介していますが、非常に高い評価を頂いています。